東京地方裁判所 平成7年(レ)256号 判決 1996年1月29日
控訴人
甲野太郎
被控訴人
乙川春夫
右訴訟代理人弁護士
渡邉昭
主文
一 原判決を取り消す。
二 本件訴えを却下する。
三 訴訟費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対して金五万円を支払え。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張は、「控訴人は当審において、別紙控訴状写しの「請求の原因」記載のとおり述べた。」と付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「二 本件事案の概要」(原判決の二頁五行目から同終わりより二行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
三 証拠関係は、原審記載中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 本件における控訴人の請求は、控訴人及び被控訴人間における東京地方裁判所平成四年(ワ)第一六三七三号慰謝料請求事件において、被控訴人が提出した同人作成の原判決添付別紙のとおりの平成五年四月二日付陳述書(以下「本件陳述書」という。)中三項4・9の傍線部分が虚偽であり、これにより精神的苦痛を受けたとして被控訴人に対し慰謝料五万円の支払を求めるものである。
二 成立に争いのない乙第一ないし一九号証によれば、以下の事実が認められる。
1 控訴人は、平成四年一月二二日(以下、単に「一月二二日」という。)、<所在地略>の訴外A銀行株式会社新宿支店(以下「本件支店」という。)を訪れた際、紙コップ入りのホットコーヒーを同支店従業員の訴外丙田花子(以下「丙田」という。)に投げつけ火傷を負わせたとして、傷害罪で現行犯逮捕され、罰金刑の略式命令を受けた。被控訴人は、右当時、本件支店の従業員で、丙田の上司であった。
2 控訴人は、平成四年三月、丙田が一月二二日午前一〇時三〇分ころ、本件支店において、控訴人の来店を殊更男子行員に知らせ、控訴人の謝罪要求にも応じず、控訴人が同日午後二時ころ同支店を再び訪れた際も、控訴人を殊更無視し、控訴人の悪口を言うなどして控訴人に精神的苦痛を与えたとして、丙田に対して慰謝料金一〇万円の支払を求める訴訟を提起したところ(当庁平成四年(ワ)第七九六三号慰謝料請求事件)、丙田は右訴訟において同人作成の同年七月二七日付陳述書及び被控訴人作成の同日付陳述書(以下、これらを「別件陳述書」という。)を提出し、同年九月二日、控訴人の右請求を棄却する判決が言い渡され、控訴人はこれに対し控訴したが(東京高等裁判所平成四年(ネ)第三六一〇号)、平成五年二月一七日、控訴棄却の判決が言い渡され、右判決は確定した。
3 控訴人は、右訴訟において提出された被控訴人作成の別件陳述書に虚偽の記載部分があり、これにより精神的苦痛を被ったとして、被控訴人に対し、慰謝料五万円の支払を求める訴訟を提起したが(当庁平成四年(ワ)第一六三七二号損害賠償請求事件)、平成四年一二月二一日、控訴人の右請求を棄却する判決が言い渡され、控訴人は、これに対し控訴したが(東京高等裁判所平成五年(ネ)第一〇四号)、平成五年五月一七日、控訴棄却の判決が言い渡され、右判決は、確定した。
また、控訴人は、丙田に対しても、右当庁平成四年(ワ)第七九六三号慰謝料請求事件において提出された同人作成の別件陳述書に虚偽の記載部分があり、これにより精神的苦痛を被ったとして、慰謝料一〇万円の支払を求める訴訟を提起したが(渋谷簡易裁判所平成四年(ハ)第一三七六号損害賠償請求事件)、平成五年四月一五日、控訴人の右請求を棄却する判決が言い渡され、控訴人はこれに対し控訴したが(当庁平成五年(レ)第八七号)、同年九月一〇日、控訴棄却の判決が言い渡され、右判決は確定した。
4 控訴人は、被控訴人が一月二二日午前一〇時三〇分ころ、本件支店において控訴人の身体を小突きさらに腕を取って強引に外に連れ出す等の暴行を加えたとして、被控訴人に対し慰謝料金五万円の支払を求める訴訟を提起したところ(当庁平成四年(ワ)第一六三七三号慰謝料請求事件)、被控訴人は右訴訟において本件陳述書(乙一八)を証拠として提出し、平成五年五月三一日、控訴人の右請求を棄却する判決が言い渡され、控訴人はこれに対し控訴したが(東京高等裁判所平成五年(ネ)第二四九三号損害賠償請求控訴事件)、同年一〇月二八日、控訴棄却の判決が言い渡され、右判決は確定した。
5 控訴人は、平成六年五月二六日、控訴人が一月二二日に本件支店でとった行為について罰金刑の略式命令で済んでいるにもかかわらず、被控訴人は別件訴訟において、控訴人が勾留後起訴猶予処分になった旨供述し、あるいは右虚偽の事実を依頼弁護士に伝え、その旨別件の答弁書に記載させるなどしたため、控訴人は名誉を毀損され精神的苦痛を受けたとして、被控訴人に対し、慰謝料金五万円の支払を求める訴訟を提起したが(当庁平成六年(ワ)第一〇〇五七号損害賠償請求事件)、同年八月二四日、控訴人の右請求を棄却する判決が言い渡され、控訴人はこれに対し控訴したが(東京高等裁判所平成六年(ネ)第三八五四号損害賠償請求控訴事件)、同年一二月二六日、控訴棄却となり右判決は確定した。
6 控訴人は、平成六年五月二六日、前記4の訴訟において主張した暴行の事実と同一の事実及び前記3の訴訟において主張した虚偽の陳述書の提出の事実と同一の事実を原因として、被控訴人に対し、慰謝料金五万円の支払を求める訴訟を提起したが(当庁平成六年(ワ)第一〇〇五八号損害賠償請求事件)、同年九月三〇日、前訴の既判力に抵触するとして控訴人の右請求を棄却する判決が言い渡され、控訴人はこれに対し控訴したが(東京高等裁判所平成六年(ネ)第四四六四号損害賠償請求控訴事件)、平成七年二月二八日、控訴棄却となり右判決は確定した。
7 控訴人は、平成六年五月二六日、前記2及び3の訴訟における主張事実と同一の事実及び控訴人が一月二二日に本件支店でとった行為について罰金刑の略式命令で済んでいるにもかかわらず、丙田が別件訴訟において、控訴人が勾留後起訴猶予処分になった旨の答弁書を提出したため、控訴人は名誉を毀損されるなど精神的苦痛を受けたことを原因として、丙田に対し、慰謝料金五万円の支払を求める訴訟を提起したが(当庁平成六年(ワ)第一〇〇五九号損害賠償請求事件)、同年九月二一日、前訴の判決の既判力に抵触するとして控訴人の右請求を棄却する判決が言い渡され、控訴人はこれに対し控訴したが(東京高等裁判所平成六年(ネ)第四四六二号損害賠償請求控訴事件)、平成七年二月二八日、控訴棄却となり右判決は確定した。
8 控訴人は、平成六年五月二六日、前記2の訴訟における主張事実と同一の事実を原因として、丙田に対し、慰謝料五万円の支払を求める訴訟を提起し(当庁平成六年(ワ)第一〇〇六〇号損害賠償請求事件)、同年一二月一三日、前訴の既判力に抵触するとして控訴人の右訴えを却下する判決が言い渡され、控訴人はこれに対し控訴したが(東京高等裁判所平成六年(ネ)第五五三七号損害賠償請求控訴事件)、平成七年三月六日、控訴棄却となり右判決は確定した。
三 以上の事実によれば、控訴人は、丙田及び被控訴人に対し、一月二二日に丙田が控訴人を殊更無視するなどの態度をとり、また被控訴人が控訴人に対して暴力を振るったと主張し、また右主張事実を原因とする慰謝料請求事件において丙田及び被控訴人が虚偽の内容の陳述書を提出したと主張して、実質的に同一内容の慰謝料請求訴訟を、請求棄却ないし訴え却下の確定判決があるにもかかわらず繰り返し、あるいは同時に提起している。そして、本件請求は、前記二4の訴訟における本件陳述書の提出を理由とするものであり、控訴人が過去に提起した一連の訴訟とは必ずしも訴訟物を同一にするとまではいえないものの、実質的には同一内容の請求であるといえる。右事情及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、専ら丙田及び被控訴人を困惑させる目的で、いたずらに同一訴訟を蒸し返しているものと推認でき、今後も同様の訴えが際限なく繰り返されるであろうことが容易に予想される。かかる訴えの提起は、被控訴人の地位を不当に長く不安定な状態におき、ことさらに被控訴人に応訴のための負担を強いることを意に介さず、むしろそれを意図しているもので、民事訴訟制度を悪用したものであるとの評価を免れない。したがって、控訴人の本件訴えは訴権の濫用にあたり不適法であり、しかもその点を補正することができないものである。
四 以上によれば、控訴人の本訴請求を理由なしとして棄却した原判決は不当であるからこれを取り消し、控訴人の本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官長野益三 裁判官玉越義雄 裁判官名越聡子)
別紙控訴状<省略>